熊本県「蒲島郁夫」知事は超有能!?その異色過ぎる経歴とは

熊本での地震震災や救援物資関連のいざこざでSNSおよびメディア間で熊本県知事蒲島郁夫氏叩きがちらほら散見されるようになった。


よくこうも軽々しく無能無能と蒲島知事を叩けるものだ。
これはひょっとするともしかして皆さん、蒲島知事がどういった方かお知りにならないのでは!?と。
調べてみるとこういった蒲島叩きのほとんどは熊本県外からであり、また有識者のほとんどが彼を擁護している。

さらに言えば先月の熊本県知事選、知事は圧倒的得票数を得て熊本県知事に三選されたばかりなのだ。

熊本県知事選確定得票数
当  504,931 蒲島郁夫<3>無現

201,951 幸山政史 無新
33,955 寺内大介 無新
毎日新聞2016年3月28日:熊本県知事選 蒲島氏3選

では蒲島郁夫知事はどういった人物か、まずは略歴だけでも見ていただきたい。

学歴 1965年3月 熊本県立鹿本高等学校卒業
1965年4月 稲田村農業協同組合勤務
1968年  アメリカ合衆国渡航(農業研修生)
1971年9月 ネブラスカ大学農学部入学(豚の精子について研究)
1974年5月 ネブラスカ大学農学部卒業
1977年5月 ネブラスカ大学大学院農業経済学専攻修士課程修了
1979年11月 ハーバード大学大学院政治経済・行政学専攻博士課程修了
1980年9月 筑波大学社会工学系講師
1984年4月 ワシントン大学国際問題研究所客員准教授
1984年6月 プリンストン大学国際問題研究所客員研究員
1985年11月 筑波大学社会工学助教
1991年4月 筑波大学社会工学系教授
1996年  筑波大学大学院国際政治経済学研究科長
1997年4月 東京大学大学院法学政治学研究科教授
2007年8月 熊本県立大学客員教授(2008年3月まで)
2008年3月 東京大学辞職
熊本県知事選挙に無所属で出馬し、初当選
6月 – 東京大学名誉教授
2012年3月25日 – 熊本県知事再選
2016年3月27日 – 熊本県知事三選

そう、簡単に言えば高卒農協職員からの豚の精子の研究家からの
ハーバード大学卒(政治博士)の東京大学名誉教授の熊本県知事なのだ!!

またこれ以上に知事の生い立ちがとてつもなくイケメン!
(政治学界では有名だそうだが)

以下東京大学教授時代の蒲島教授
私が学問に目覚めた時 法学部教授・蒲島郁夫
からの抜粋・略である。

皆さんと違って私が歩いてきた道は、名門高校から東大に一直線に進むようなエリートの人生ではなく、たいへんな回り道でした。しかし、その回り道人生から得られた教訓は、人間の可能性は本当に無限だということです。

 

高校時代の私は大変な落ちこぼれで同級生220人中200番台の成績でした。私は高校を卒業するまで一度も勉強した記憶がありません。私の高校時代の姿から、誰も私が東大教授になるとは思わなかったでしょう。勉強はしませんでしたが、本は誰よりたくさん読みました。それがいつしか自分の夢につながっていったのではないかと思います。(蒲島知事は小学2年生から高校3年まで、1日も休まず新聞配達をして家計を助けていたそうだ)

 

少年時代は3つの夢を持っていました。一つは『レ・ミゼラブル』を書いた、ビクトル・ユーゴのような小説家になりたいと思っていました。文章を書くのが好きだったのです。もう一つの夢は、政治家になりたかったことです。それは、やはり小学生のとき読んだ『ブルータクの英雄伝』に影響を受けたのかも知れません。3つ目は、阿蘇山の見えるところに住んでおりましたので、阿蘇の大平原で牧場を経営する夢をもっておりました。

 

その後落第すれすれで高校を卒業し、地元の稲田村農協に勤めたました。農家に肥料やプロパンガスを配達したり、収穫期には米俵を担いで倉庫に入れたりするのが日々の仕事です。勤めて1・2年もすれば農協の仕事に向いていないと思い、牧場を開くための知識を得るために農協の農業研修生として21歳でアメリカに渡り、アイダホ州の農場に研修生として配属され、研修生といってもなかなかつらい仕事をこなしました。そのような暮らしの中でネブラスカ大学にて学科研修があり、これまでは農奴のように働いていましたから、勉強だけして生きていられる生活が天国みたいに感じました。

アメリカ農業研修プログラムは2年で終わり、帰国。その際再渡米してネブラスカ大学に正規入学しようと考え、半年ほど牛乳配達をして旅費を稼ぎました。そして稼いだたった50ドルを持って渡米したわけですから、跡がありません。英語も数学もできませんでしたが、農業研修をした教授の推薦もあって入学を許可されました。24歳の時です。大学生活は仕送りももちろんありませんから、生活のためよくアルバイト(農場・通訳等)をしました。そして初年度の成績がオールAでしたので特待生として奨学金も貰えることになりました。

 

その後教授からは大学院に残るよう言われたました。そのとき私はふと考えました。このまま、大学院に残って、繁殖生理学を続けるのが一番楽かもしれない。しかし、私にはもう一つの夢がありました。それは政治を勉強することです。

そしてこれまでの農業専攻からうってかわってハーバード大学政治学の博士課程に進学されています。しかもこの時すでに2人の子供と奥さんがいたそうです。
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 ハーバードで、博士課程を終了するのに普通5~6年かかりますが、私は3年9カ月で終了しました。別に優秀だったというわけではなく、早く卒業しなければ食べられない事情があっただけです。どうやって早く卒業できたかというと、3年目の奨学金をもらったときに、日本までの切符を家族の分も全部買ってしまったわけです。早く予約すれば安く買えますが、日付は変更することができません。切符を捨てるか、その前に卒業するかの2つチョイスしかありません。私は博士論文を帰国の前日に提出して予定通りの飛行機で帰りました。人生を生きていく時にそういう時期があると思います。自分で自分にプレッシャーをかけなければならない時期が。

蒲島知事はこれほどの知力胆力を携えたお方です。確かに現状況、無能と言いたくなる気持ちは少し分かりますが、蒲島知事だからこそこの困難な状況をある程度まとめられているのかとも思います。
知事の生き方は本当に人生の手本になりますし、おそらく今知事は相当のプレッシャーを負って奮闘されていることだと思います。
ここは今無能無能と宣っても県民の不安を煽るだけだと思うので、ここはひとつ知事を信じてみましょう!

自身は海外赴任中で少額の寄付のみの支援しかできておりませんが本当に心から応援しております。
蒲島知事!そして熊本県民の皆様!心を共に!

追記:
知事は自身を普通の学者人生を送ったとおっしゃっているが、政治学者として投票行動の実証的研究や政治参加に関する政治発展理論において業績をあげており、政治学徒では彼を(エピソードも含め)知らない人はいないほど有名である。
また2008年、61歳のときに東大を退職、熊本県知事に無所属で立候補し、対立候補に大差をつけて初当選した。
またくまモンの知名度を上げるため、全国に出張させSNSを活用した口コミ型PRを実施し、上海、北京、パリ、ドイツの方にも進出中。世界に目を向けられるグローバルな知事ならではの施策であるとも言える。また知事はくまモンの活躍を政治経済学の視点から分析し、県民の安心、夢、プライドにも貢献していると強く語っている。